ゲーム会社で働いてた私がデスマーチを脱出した話

ゲームプログラマーとして働いて12年になる42歳男性です。 私が経験したデスマーチの状況と、それをどうやって脱したかをお話します。

この記事は約8分で読み終わります。

(ざっくりいうと)

ゲーム開発のプロジェクトがデスマーチに。

・スカウトから転職し、デスマーチ脱出。

・デスマーチの芽に早く気づく事が大事。

■ほぼ未経験から…

私は29歳でゲーム業界に転職後、2年前までインターネットのゲームサイトを運営する会社で働いていました。会社で作るゲームはPC向けのカジュアルゲームがメインで、簡単なカードゲームや、ボードゲームの様なコンテンツを提供していました。

 

PCの時代からスマートフォンの時代に移り、会社もスマホのゲームに力を入れていこうという事になっていきました。

スマホのスペックが高まっていくと、ハイクオリティーなゲームの需要が高まり、3Dのゲームを作ろうと、チームが編成されました。

はじめは、簡単な3Dゲームを一本、そのチームでリリースしました。このゲームは、ランキングも上位に入り、会社として、スマホ向けの3Dゲームに取り組んでいくのに、良い足掛かりになったかと思います。
そして次は、3Dのアクションゲームを作ることになりました。

その当時、会社には数名、3Dの技術を持つデザイナーやプログラマーがいました。

そのメンバーと、サーバーを担当する私で、3Dゲームを作るチームが編成されました。

 

簡単な3Dゲームを一本、そのチームでリリースすると、次は3Dのアクションゲームを作ることになりました。

 

どういう経緯でそうなったか、あまり覚えていませんが、単にチームのメンバーが作りたかったというのが大きかったと思います。

 

今考えると、今までカジュアルゲームしか作ったことがないのにいきなりアクションゲームというインタラクティブ性の強いゲームをつくるということが、どれほど無謀だったかと思います。

しかも、今でこそUnity等の開発ツールが充実していますが、当時はUnityもそれほど流行っておらず、言語はC++言語で、iOS, Androidのマルチプラットフォーム向けでの開発でした。
よって当然、OpenGLのAPIを直接使って、3Dのエンジンから開発するという状況です。
3Dエンジンを1から作るというのは、やった人ならわかると思いますが、ものすごく大変です。

 

メンバーは、プログラマー5人、デザイナー3人プラス外注、プランナー2人、ディレクター1人で、スタートしました。

 

 

■人材不足

当初、自分はサーバー担当でしたが、クライアント担当の3Dプログラマーが、3Dの知識はそれなりにありましたが、それ以外の知識が極端に低く、とてもメインプログラムを任せられる感じではありませんでした。

 

結局、私がクライアントのメインプログラマーになり、元のソースをリファクタしながら作っていきました。3Dを1から勉強し、ものすごく苦労しました(その分成長もしましたが)

 

■やっとの思いで

2年ほどかけて、やっと形になり、いよいよリリースできるかという状況になったとき、作ったものに対して、社長がダメ出しをしました。

私は1メンバーだったので、社長と直接話をしたわけではないですが、当時のリーダーの話だと、「クオリティが高いので、もっと作りこむように」みたいな事だった様です。

しかし、具体的にどうしたら良いのかは、何も言ってくれませんでした。自分たちとしては、これでリリースできると思っているのです。

上の意図がうまく伝わって来ないというのは、フラストレーションが溜まります。

どうしろというのか・・・?

会議で、じゃあどうしたらいいんですか?と何度も聞きました。しかし、リーダーの答えは、「いや、それが良くわからない」とそればかり。じゃあ、もう社長を会議の場に呼んだらどうですか?と話もしましたが、それも実現せず・・・

結局チーム内では、よくわからないけど、とにかく自分達で考えてさらにブラッシュアップしようということになりました。

この時点で、経営陣と私たち現場の間に、溝ができ始めていました。

 

■なんとかリリース

さらに1年かけてゲームを完成させ、やっと上のOKも出て、リリースしました。

 

しかし、売り上げはまったく上がりませんでした。なぜ売れなかったか・・・今考えればよくわかります。アクション性を重視したゲーム性だったので、いわゆるガチャの魅力が薄かった事。コミュニティ機能がほぼなく、課金へのモチベーションになる要素がなかった事・・。

 

リリース後もしばらく運営を続けましたが、掛けたコストを取り戻すには程遠い状況でした。

また、リリースまでの1年の間に、社長が変わりました。というのも、親会社が分裂(噂によると、経営陣が喧嘩別れしたとか)し、それに伴って子会社である私たちも2つに分かれたのです。

社長が変われば、当然会社の方針も変わります。会社は外部IPをつかったカジュアルゲームに注力していくことになり、私たちが作った超コア向けアクションゲームは、まったく方向性の違うものになってしまいました。

もう続けていくの無理なんじゃね・・・という雰囲気がチーム内にも漂う中、次どうしようという話が出てきました。

社長からは、3年というコストをかけて、これではあまりにも勿体無いとの判断から、新しいゲームとして作り直すことになりました。

■作り直し

かくして新しいプロジェクトが開始しました。前回の反省を生かし、某有名アクションゲームをほぼ真似て(笑)、様々な仕様を詰め込みました。

そして企画は通りましたが、

プログラマやデザイナが20人ほどで、1年かければやっとできるくらいの壮大なゲームでした。

それを、社長は今のチームで6か月で作れと言うのです。

そんなん無理です、と何度も話しましたが、聞いてもらえず、私自身も、このままでは悔しいという思いもあり、とにかく開発をスタートしました。

土台となるシステムがだいたい整ったら、詳細な工数見積もりをする予定でした。

 

■末期

 

社長からはとにかく早く作れとしか言われなくなり、平日は23時くらいまで働き、土日は持ち帰って仕事したりしていました。

ついには、他の忙しいプロジェクトと比較され、残業しない人は評価しないと言われるようになり、もう末期と感じました。

そんなある日、チームリーダーとの面談の折、私は耳を疑うような言葉を聞きました。社長が「残業しない人は評価しない」と言っている、というのです。
その当時、社内で売れているあるゲームがあったのですが、そのチームは、当時の私たち以上にデスマーチだったらしいのです。
そこと比較されて、うちはやる気がないみたいに見られていたのでしょうか。

とにかく、残業してる人がより評価されるような会社など、エンジニアから見れば最悪です。
技術を身につけて、業務を効率化し、高い価値を産めばうむほど、評価が下がるということですから。

結局、土台のシステムができあがったのが、スタートしてから5か月ほど。この時点で無理ゲーでしたが、改めて、工数を見積もって提出。さらにここから1年くらいはかかるというスケジュールです。

そのスケジュールを提出したところ、これでは無理とのことで、ついにプロジェクトは解散になりました。

解散が決まったとき、あるデザイナーさんが「良かった。早く終わって欲しかった」と言っていました。ああ、これで良かったんだなと思いました。

社長にゲームづくりのセンスはなかった・・・。

3年間、無駄な努力をしたのか・・・そんな悔しい思いと意気消沈しそうになっていた時、私のところに、他の会社からスカウトが舞い込みました。

スカウト元の会社は、それこそコア向けのアクションゲームやRPGで、成功している会社です。

このチャンスを逃すまいと、今回の経験で得た3Dの知識や、苦労したことなどを全力でアピールし、転職に成功したのです。

 

 

■転職後

転職後は、前職で作ったのと同じくらいの規模の3Dアクションゲームのチームに配属されました。そのタイトルは、その時すでに、3年も続いていました。

 

そこのメンバーは、プログラマー10人、プランナー6人、デザイナー15人、運営担当3人、ディレクター人、マネージャー1人という陣容。前の会社の3倍近くいる・・・!驚きました。

また、アジャイル開発を取り入れており、スケジュール管理もしっかりできていて、無理なものは無理と判断できる組織になっていました。

こうして、毎日ほぼ定時で帰れる生活を手に入れたのでした。

■最後に

同じゲーム会社でも、文化や仕事の取り組み方は、様々です。積極的に、新しい技術や手法を取り入れ、変化に対応している会社は、成長しています。

 

以前の会社は、現場の要望が上に伝わらず、問題があっても何も対応してくれませんでした。

 

デスマーチはどこでも起こりうるものです。振り返ってみると、始めの段階から、デスマーチの「芽」がありました。

例えば、

・上の方針がコロコロ変わる。もしくは伝わってこない。

・残業をよしとする風潮

・業務の効率化に消極的で、新しいことをやることが歓迎されない。

 

こんなことです。

 

その芽に早く気づいていれば、こんなに苦しまずに済んだと思います。(もっと早く転職すれば良かったと心から思います)

 

もし自分が責任者の立場だったら、まず、残業することは会社として損であるという事を社員全体の意識として定着させます。結局、無理して働いても、良い作品など生まれないのです。

 

残業が続けば、心身ともに疲れはて、冷静な判断もできず、周りも見えなくなるからです。

 

今の会社でも、プログラマーは割と大丈夫ですが、プランナーは残業が多いです。これを改善するために、便利なツールを開発するなどして、少しでも良いコンテンツを早いサイクルで提供できるように、日々努力しています。